久々に必要があって
『ウィキペディア(Wikipedia)』の
枡野浩一の項目を見た。
なんか文面が一部変わっている……。
たぶんmixiの、
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1396302638&owner_id=260637
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1403993967&owner_id=677521
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=52132516&owner_id=290151
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1415872893&owner_id=2255021
ここらへんのやりとりを見た人が
書き直したんだろう。
もともと複数の人が勝手に編集する
『ウィキペディア(Wikipedia)』というものを
私はまるで信用していない。
そんな方法で「公正」な記述ができる、
というのは幻想だと思います。
だれかの欲望で歴史は捩じ曲げられていく……。
こういうのを編集するのが好きなタイプの人に
支持されている有名人の項目を見ると、
やけに詳しく書かれている。
そうでないタイプの人に
支持されそうな有名人に関しては、
そもそも項目すらなかったりする。
あらゆる「歴史」は、
そんな「歴史を記録したい人々」の事情で、
恣意的に記録されてきたのでしょう。
*
それはともかく。
近年の「ケータイ短歌」「ネット短歌」と呼ばれる動きの礎を築いたともされる[要出典]。
という一文に心がひっかかった。
[要出典]というなら、
もっとほかに
[要出典]の箇所があるだろうと本人は思いますけどね。
せっかくなので、
「ケータイ短歌」「ネット短歌」と
私の関係について書いておきます。
私は「自分好き」のわりに
過去を記録することに意外と執着がなくて、
色んなことを忘れてしまう。
とくに時系列にそった記憶が苦手です。
なので覚えてる事実だけ端的に羅列するから、
興味ある人は時系列その他を、
ちゃんと調べてくださいね。
どうぞよろしくお願いします。
*
私がインターネットを始めたのは
歌人にしては比較的早いほうだったけれど、
すでに加藤治郎さん穂村弘さん荻原裕幸さんが、
SS-PROJECT(エスツー・プロジェクト)というのを
やっていました。
http://www.sweetswan.com/ss.html
とりわけ荻原裕幸さんは、
ネット短歌界の生き字引というか、
スナフキン的な存在(?)だと思います。
私は「マスノ短歌教信者の部屋」と題した、
ティーカップの掲示板を、
自分の公式サイトのようにつかっていた。
旭川在住の高校生だった加藤千恵さんは、
その掲示板に突然あらわれて短歌を発表し、
それがきっかけとなってプロ歌人になりました。
機械その他に疎いので
私に扱えるのはティーカップの掲示板くらいだった。
でもティーカップの掲示板はたくさん作成し、
とても活用していたと思います。
「付け句」という遊びを掲示板で始めたときは、
松木秀さんや斉藤斎藤さんも投稿してくれた。
ネット投稿をもとにして私が編集した、
付け句絵本『どうぞよろしくお願いします』
(発行=マーブルトロン、発売=中央公論新社)には、
辰巳泰子さん、早坂類さん、正岡豊さん、
加藤千恵さん、宇都宮敦さんら、
本来なら一冊に集まるようなことが
ないような豪華歌人が集まってくれています。
この試みはのちに、
NHKラジオの
「ケータイ短歌」の番組にも影響を与えました。
「付け句」のコーナーあるでしょ?
「付け句」自体は大昔からある遊びですが、
あそこまで言葉のくだけた「付け句」遊びは、
私が提唱したのだと自負しています。
「ケータイ短歌」の番組は、
名前や放送スタイルを変えて現在も続いていますが、
スタート当初は加藤千恵さんが出演していて、
次に枡野浩一が呼ばれるようになり、
初期は加藤千恵と枡野浩一がレギュラー的に出ていました。
当時の番組の募集要項には、
「あなたもかんたんな短歌をつくってみませんか?」
と書いてありました。
私はこれを、
「かんたん短歌」は「かんたんな短歌」ではないから
文面を変えて欲しいとお願いして、
変えてもらいました。
つまり、
「ケータイ短歌」の番組はスタート当初は、
明らかに枡野浩一が提唱する
「かんたん短歌」系の番組だったのです。
皆さんすっかり忘れてるみたいですけど。
のちに枡野浩一が番組を離れてからは、
様々な歌人が登場するようになりました。
(番組を離れた経緯は当ブログの過去ログ参照)
そもそも、
「ケータイ短歌」の企画のルーツは、
それより前にNHK名古屋で制作された、
「電脳短歌の世界へようこそ」
というテレビ番組だったと私は認識しています。
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090101170130077/
加藤治郎さんの証言。
http://www.bookpark.ne.jp/utanoha/gendai/index0201.asp
黒瀬珂瀾さんも登場したあの番組、
私は「案内人」として出演しました。
まだ最初の本を出していなかった加藤千恵さんが、
ほとんど主役のような扱いになっていました。
この番組は大反響を呼び、
何度も再放送されたし、
加藤千恵さんの最初の本が
商業出版されるきっかけをつくりました。
まあ、
そんな経緯があったから、
「枡野浩一=ケータイ短歌・ネット短歌」
みたいに扱われることが増えました。
ネット短歌といっても色々あり、
ネットで短歌をやっている人がすべて
枡野浩一の支持者であるわけではない、
といった文意の記事が歌壇の雑誌に書かれた、
という噂を聞いたことがあります。
私自身は未確認ですが、
そのような記事が本当に書かれたのだとしたら、
近年の「ケータイ短歌」「ネット短歌」と呼ばれる動きの礎を築いた
と言われても、まあ仕方ないですね。
築いたつもりはないですけど。
私は一度も短歌結社に所属したことがなく、
新聞・雑誌といったマスメディアか、
ネットくらいしか活動の場所がなかったんです。
単にそれだけなんですが。
掲示板をやめたあとに始めた
「枡野浩一のかんたん短歌blog」は
世界初の短歌投稿blogです。
『ドラえもん短歌』(小学館)も、
『ショートソング』(集英社文庫)も、
「かんたん短歌blog」がなければ
生まれなかった本です。
それにしても、
「かんたん短歌blog」の常連だった歌人たち、
見かけない人もいるけど、
どこへ行ってしまったんでしょう……。
自分の道を見極めて、
続けてくれているなら、いいんだけど。
(いや、短歌はやめたって、全然いいと思ってるけど)
常連だったことを忘れたい歌人もいるとか聞くと、
とても淋しい気持ちになります。
今はもう、
枡野浩一など経由せず、
自己流で短歌を詠む人がネットにはたくさんいます。
それは昔々、
私自身が秘かに夢みていたような状況です。
昨今流行の
「ツイッター短歌」について書いてくださいという
原稿依頼が先日もありましたが、
私にはもう語る資格も語る能力もないと思い、
別の人に依頼してくださいとお断わりしました。
でも穂村弘さんから、
以下のような企画に呼んでいただき、
迷ったのですが、お受けすることにしました。
歌壇系のイベントに出るのは、これが二回目くらいです。
だいぶ先の予定ですが、人気講座らしいので、予約はお早めに。
http://homepage2.nifty.com/gendaikajinkyokai/pg16.html
*
*
*
やけに長文になってしまいましたが、
この機会に
『ウィキペディア(Wikipedia)』で
迷惑していることを書いておきます。
私は「エッセイスト」と、
自称したことは一度もありません。
しかし仕事先があれをつい参照してしまうらしく、
しばしば「エッセイスト」と付けられてしまいます。
「小説家」も、まだそう名のるのは早すぎると思う……。
雑誌の仕事とかだと大体、
本人にプロフィールの問い合わせがあります。
その場合、
肩書は「歌人」のみにしてもらっています。
しかしネットでは勝手に書かれてしまう。
肩書がずらずらたくさんあるって、かっこ悪いと思う。
肩書の多い人を笑いのネタにしている
宮崎吐夢さんの動画も観たことがあります。
私は役者として舞台に立ちましたが、
肩書で役者とか俳優とかは絶対につかいません。
役者・俳優の皆さんに失礼だからです。
だれかが個人のページで、
枡野浩一を役者として語るのは問題ないです。
その人が文責を持っているのだから。
本人の自称や自負を無断で裏切り、
あたかも公のものであるかのような顔をする、
それが『ウィキペディア(Wikipedia)』というものの
害悪だと思う。
仕事先の希望で、
こういう肩書にして欲しい、
と打診があったときは、のむ場合もあります。
そういう意味では肩書は流動的なものです。
しかし『ウィキペディア(Wikipedia)』は、
あたかも「公の共通認識」が、
この世に歴然と存在すると信じているかのよう。
私はそんなもの、信じられません。
本人の実感と、かけ離れているからです。
「歌壇」と「歌壇外」でも評価がちがうし。
「サブカル界隈」と「文壇」でも評価がちがうし。
どこに視点を置くかで、
評価なんて変わってしまいます。
だから書き手の立ち位置を明確にしない
匿名的な文章はだめなんです。
たとえば私は作詞の仕事もしていたが、
今はまったくしていない。
過去に少しやっていたからといって、
作詞家
という肩書を足されても困る感じ。
(現役時代は、それを自称することもありましたが)
脚本家だって一応やっていますよ。
ピンク映画一本ですけれども……。
詩集だって出しているから、
詩人
でもあるし。
すべての仕事を一言でまとめると、
ライター
だとも思うし。
(角川文庫から本を出していた頃は、
ライターを肩書にしていました)
皆、
自分の仕事の中の
「ここが中心」
というところを肩書として自称するのだと思う。
そして私は「歌人」なんです。
それだけが私の堂々と名のれる肩書です。